料理人から農家へ
祖父から受け継ぐ農業と、夫婦で育てる福島の食の可能性
福島市出身の持地良太・七海さんご夫婦に、福島にU・Iターンした理由や、未経験から始めた農業、料理人としての経験を生かしたこれからについて伺いました。
・石垣島(沖縄県)→ 福島県福島市(Uターン・Iターン)
・料理人・民宿の運営補助 → 持地&遠藤農園運営、ケータリング・一日レストラン運営
- Uターン
- Iターン
- 家族で移住
- 就農
INDEX
持地(もちじ)良太さん、持地七海(なみ)さん
持地(もちじ)良太さん:
1990年生まれ。福島市出身。栄養士の資格取得後、料理の専門学校へ進学し、帝国ホテルをはじめとする飲食店で料理人として経験を積む。妻の両親が民宿を営む石垣島での暮らしを経て、福島市にUターン。現在は、福島市で家族と暮らしながら、国見町で祖父と「持地&遠藤農園」を経営。あんぽ柿や米、野菜などを生産し、ケータリングや一日レストランにも取り組んでいる。
持地七海(なみ)さん:
1993年生まれ。静岡県出身。中学生の頃に家族で石垣島へ移住し、進学を機に神奈川県、就職を機に東京都へ。帝国ホテルなどで料理やパティシエとしてパン、菓子づくりなどに携わり、東京、石垣島での暮らしを経て福島県へIターン。現在は3人の子どもを育てながら、良太さんと食の仕事に取り組んでいる。

Q.移住前の仕事と、福島県へ移住することを決めた経緯を教えてください。
良太さん:
福島市の高校を卒業後、栄養士の資格を取得し、料理を学ぶため東京の専門学校へ進学しました。卒業後は帝国ホテルに就職し、同期だった七海と結婚。東京で子育てをしていましたが、石垣島で民宿を営む七海の両親から声をかけられ、家族で移住しました。民宿の料理を担当しながら、島内のホテルでも働きました。
福島へのUターンを考えたのは、石垣島で3年ほど暮らし、長男が小学校へ入学するタイミングです。これまで東京や石垣島などを転々としてきたので、子どもたちが長く暮らせる場所を決めようと考えました。
僕自身は、若い頃に「福島には戻らない」と思っていましたが、七海から「福島はどう?」と提案され、福島に移住することを決めました。
七海さん:
夫の両親や親族がいて、自然も身近にある。都会と田舎のバランスもちょうどいい福島に魅力を感じました。子育てを最優先で考えて、関東と福島のどちらにするか少し迷いましたが、比較的軽い気持ちで「福島へ行ってみよう」と提案しました。
Q.国見町で農業を始めたきっかけを教えてください。
良太さん:
福島へ戻った当初は農業をするつもりはなく、料理関係の仕事を探していました。そんな中、国見町の母の実家を訪れた際、95歳で今も現役の祖父から声をかけられたことが転機になりました。農園を継ぐ人がいなかったこともあり、「農業をやってみないか」と言われたんです。
料理人として元々食材に興味があったので、自分で育てた野菜を料理や商品づくりにつなげたいと思い、就農を決めました。
農作業だけで一日が終わるほど忙しく、料理との両立は想像以上に大変でしたが、ようやく新規就農者としての5年間を終えられました。
今後は農業と並行して、加工やケータリング、農家レストランにも力を入れていきたいです。
Q.未経験から農業を始めるうえで、どのように知識を身につけましたか?
良太さん:
福島へ戻った2か月後には就農しました。祖父の農機具や設備を使えた一方、僕自身の農業知識はほぼゼロ。国見町やJA、県の窓口に相談し、手続きや補助制度を確認しながら、農業学校や研修、セミナーなどへ行き、学びました。
最初の1年は体力的にも精神的にも大変でしたが、若手農業者の団体や勉強会、地域のイベントに積極的に参加し、農家仲間や相談相手が増えたことが支えになりました。一人で作業するだけでなく、同じ目的を持つ人とつながることが大切だと感じています。
現在は僕が農園全般の作業を担いながら、祖父からこの土地に合った土の扱い方や育て方を教わり、今も学び続けています。
Q.農業と料理をどのようにつなげ、夫婦で取り組んでいますか?
良太さん:
農業を始めた根本には、料理があります。自分で育てた野菜や米を使って、料理や商品を作ることが当初からの目標でした。
代々受け継いできた米や小麦、あんぽ柿に加え、僕の代では、あんずやラズベリー、イチジクなども栽培しています。周囲でも手に入りやすい桃などの作物の他、料理に使いたい作物を自分たちで育てるため、野菜も多品目栽培に切り替えました。
収穫した農産物は、ケータリングや一日レストラン、パンや菓子製造に活用しています。今後も農地をむやみに広げるのではなく、自分で管理できる範囲を大切にしながら、加工や飲食を通して農産物の付加価値を高めていきたいです。
七海さん:
私も得意なパンや菓子づくりを生かし、夫婦それぞれの得意分野を生かしながら取り組んできました。現在は子どものスポーツ活動などを優先し、パンの販売をお休みするなど、家族の状況に合わせて無理のないペースで続けています。
Q.東京と福島では、食の仕事にどのような違いを感じますか?
良太さん:
東京はトレンドの発信地で、世界の流行や新しい情報が集まり、仕事にもスピード感があります。全国から食材が集まる一方、生産者に直接会ったり、畑を見たりする機会は多くありません。
福島では、生産者との距離が近く、誰がどのような場所で育てたのかを知ったうえで、その食材を生かした料理を作れます。果物や米、野菜、肉、魚まで食材が豊富で、生産者の顔が見える環境で料理ができることが面白いですね。
七海さん:
東京へ遊びに行くと、飲食店やパン屋を何軒も巡り、最新の流行を知るようにしています。そこで得たヒントを福島の食材と組み合わせることも大切にしています。
Q.移住前と比べて、暮らしや子育て環境はどのように変わりましたか?
良太さん:
20歳になる前まで福島で暮らしていた頃は、「遊ぶところがない」「どこへ行くにも遠い」という印象を持っていました。
しかし、東京や石垣島での暮らしを経て30代で戻ると、見え方が一変。食材がどれもおいしく、山も海もあり、四季の変化を感じられることに魅力を感じています。
一年を通して温暖で緑が多い石垣島とは異なり、春夏秋冬があることで、暮らしや体のリズムも整うように感じます。
七海さん:
東京では子育てについて相談できる人が少なく、気持ちの面でも余裕がありませんでした。石垣島では子どもの人数が少なく、さまざまな人と関わる機会が限られていました。
一方、福島では地域のみんなで子どもを育てているような感覚があります。近所の子どもたちは自然に集まって遊び、子どものスポーツ活動では、ほかの家庭の子どもの成長も一緒に喜び合っています。学校や幼稚園の行事には父親や祖父母も多く参加し、世代を超えて子どもを見守る環境があると感じます。
移住当初は雪に戸惑いました。石垣島から真冬の福島へ来て、初めての雪かきでぎっくり腰になったこともあります。雪道の運転にも慣れが必要でした。
大変なこともありましたが、人の温かさに支えられながら子育てできる今の環境は、私たち家族に合っていると感じています。
Q.農業や料理を通して、これから実現したいことを教えてください。
良太さん:
ケータリングでは、「福島の食材を使った料理を作ってほしい」と依頼されることが多くあります。自家栽培の野菜に加え、県産の鶏肉や常磐ものの魚などを使い、料理を通して福島の食材を発信していきたいです。
農業では、米や小麦、あんぽ柿を受け継ぎながら、福島の寒暖差や土を生かした野菜づくりにも取り組んでいます。現在は、ちりめんキャベツやクリーム色のピーマンなど、少し珍しい野菜も栽培しています。まずは自分たちで育てて出荷し、評判がよければ、ほかの農家にも生産を広げたいと考えています。
珍しい野菜については、東京の市場や卸売業者とのつながりを生かして販路を探り、福島の気候に合った野菜を地域の農家と育て、新たなブランドにしていきたいです。農業と料理の両方に携わるからこそできる形を模索しています。
ふくしまぐらしのお気に入りベスト3は?
食材の豊かさ
福島は野菜、果物、米、魚、肉など、食材が豊富です。寒暖差が大きく、粘土質の土では、形が不ぞろいでも味の濃い野菜が育ちます。農家仲間から旬の野菜や果物をいただくことも多く、料理好きには恵まれた環境です。
人とのつながり
近所の方や農家仲間など、困ったときに助けてくれる人がたくさんいます。地域全体で子どもたちを見守る雰囲気があり、人の温かさを感じます。
四季を感じる暮らし
春の桜や夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪など、季節ごとに景色が変わります。四季の移ろいが、食材の豊かさにつながり、暮らしや体のリズムも整えてくれます。

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編集後記
祖父から受け継いだ農園を守りながら、料理人として培った経験を生かし、自分たちらしい農業と食の形をつくるお二人。県外で得た経験が、福島の食材や地域の可能性を広げる力になっていると感じました。











